降給コピーライター

大学職員からコピーライターになり、年収はまっぷたつ。

空白がつくる、重さ。

見たいもの、ってなんだろう。

 

そう意識的に考えさせられたのが、こちらの文章です。

visual-shift.jp

 

もし、原研哉さんを知らないという方がいれば、

worksをご覧ください。

www.ndc.co.jp

 

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worksを飛ばそうとしたあなたに、好きな広告をひとつ、ご紹介

 

ほんま、ええ仕事してはるわ。素敵やなぁ。

 

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さて、そろそろ、記事についてのお話です。

いちばん気になったのは、こちらの文章。

 

人と意思疎通を行うときは、一方的に情報を投げかけるのではなく、むしろ相手のイメージを受け入れる方が有効である場合が多い。つまり、“いかに多く説得したか”ではなく、“いかに多く聴けたか”がコミュニケーションの質を左右します。

たとえば、何かがいっぱいに満ちた容れものを差し出されると受け取るしかないですが、空っぽの容れものを示されると、そこに自ら何かを入れようと、能動性が引き出されます。それがコミュニケーションの理想だと思うんですよ。

 

リテラシーを必要とするような広告について、

みごとにまとめられた文章ですよね。

 

さらに端的にいえば、

「相手の内側から引き出して納得してもらった方が、

 良いコミュニケーションになる」ってことですね。

 

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ここで、広告ではないものが思い浮かんだんです。

それがこちら。

 

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BLUE GIANT SUPREME 5

 

この漫画の魅力については、

また、ゆっくり書きたいと思っているのですが、

特にこの5巻では、空白ともいえる表現が

印象的に使われています。

 

ひとつは、いつもはがっつり描く演奏シーンを

がっつりカットした33話のラスト。

そしてもうひとつは、演奏シーンを描ききったあと、

客席の反応をカットした40話のラスト。

 

カットされたシーンはどちらも、

ド迫力でめちゃくちゃ興奮するポイントでした。

でも、今回は描かないことによって、盛り上げたのです。

そんな盛り上げ方ができるのは、

これまで、ていねいに描いてきたからなんですよね。

 

原さんのアートディレクションのように、

人々の記憶・体験から想起させるものもあれば、

石塚さんの漫画のように、

繋がっている作品の中で補完させるものもある。

 

でも、どちらも効果的に空白で表現している。

かっこいいなぁ。